江戸三大祭のひとつ「神田祭」。その中心となる神田明神には神兎がいます。もともと賑やかな祭りでしたが、最近はアキバ文化の影響を受けて、なんだかすごいことになっているという噂です。
日本最大の電気街であり、現在ではどちらかというと、アニメ・ゲーム街となっている秋葉原。各所に神酒所が設けられ、町神輿が練り歩いています。新旧文化が入り混じり、かなりカオスですが、みんな楽しそう。
神田明神は台地の上にありますので、秋葉原から御茶ノ水側へ坂を登ったところにあります。参道入り口も、宮入り待ちの神輿と見物客で大混雑。
銅の鳥居が東京のビルの間で映えています。神額に「神田神社」とあるとおり、こちらが現在の正式社号。隣にあるのは甘酒が名物の天野屋さん。
参道は一方通行になっていました。人の流れに身を任せ、進みます。
門まであと少し。昭和50年に、昭和天皇即位50周年として再建された「随神門」です。外回りには四神。内側には祭神である「大黒様」に因んだ神話の彫刻があります。ということは・・・。
近年話題のDJポリスの奥側に見えるのは、大黒様こと大己貴命の登場エピソードである「因幡の素兎」伝説の彫刻です。
正面からは入れなかったので、周って境内側から。
金のだいこく様の側に、金の神兎が控えています。あちらこちらを巡っていますが、意外に金の兎は珍しいです。江戸っぽい派手さです。
境内にやってきました。御社殿は昭和9年建立で、当時としては画期的な鉄筋コンクリートの権現造です。戦禍もくぐり抜け、現在に残ります。
一の宮 | 大己貴命(おおなむちのみこと):大黒様 |
二の宮 | 少彦名命(すくなひこなのみこと):恵比寿様 |
三の宮 | 平将門命(たいらのまさかどのみこと) |
神田明神は、天平2年(730)に出雲氏族真神田臣により、現在の大手町付近に創建。おそらくこの時の祭神は大己貴命のみです。
その後、承平天慶の乱(935-940年)で平将門が倒され、その墳墓(将門塚)が近くに建てられましたが、天変地異が頻発したため、御霊を慰めるべく、神田明神に祀りました。
平将門は、武家として関東に独立国家を建てようとしたとも言われます。それもあって、武家の神として、戦国時代から江戸時代にかけて、関東の太田氏や北条氏、徳川将軍家より崇敬を受け、神田明神は栄えます。1616年、江戸城から見て表鬼門の方向である現在の位置に遷座し、江戸総鎮守となりました。
しかし、明治に入ると今度は、“朝敵”を祀るなどトンデモナイ、ということで将門命は摂社に移され、替わりに茨城県の大洗磯前神社から少彦名命が勧請されました。少彦名命は、大己貴命と共に出雲の国造りをした神ですね。社号が「神田神社」になったのも明治初期です。
将門命が祭神として戻ってきたのは1984年と結構最近のことのようです。
東京の歴史が、神社の歴史に刻まれています。
山車が出ていました。江戸時代には多く曳き回されていた山車ですが、明治以降電線が街に増えたため曳くのが困難になり、火災・戦災で焼失したままになっていることが多いようです。
この魚河岸の加茂能人形山車(龍神山車)は、東京にある唯一のフルサイズの江戸型山車で、昭和30年再建とのことです。
神輿が入ってきました。神田祭では大小200基以上の神輿の宮入りが行われます。朝から晩までひっきりなし。
社務所には、開運の兎守りがありましたので、求めさせて頂きました。
こちらには、主祭神の大己貴命の「因幡の素兎」伝説を描いた絵馬もあります。それがどういう奉納のされ方をしているかというと・・・
・・・すごいですね。いわゆる“痛絵馬”ですが、よく見ると英語にハングルに、と国際色も豊か。
こちらの一角は、人気コンテンツの「ラブライブ」絵馬があふれています。どうやら神田明神とコラボをしているようで、巫女姿のキャラクターもたくさん。
かつては本物の馬を奉納しており、それが板に描いた絵に替わっていったのが絵馬の歴史。安土桃山時代には絵師が馬の絵を競ったといわれます。現代の絵師達も競うように描いて奉納しているのは、ある意味、時代が廻っているのか・・・。
とか思いながら、秋葉原駅に戻ると・・・
駅前のコミック書店には「ラブライブ神輿」が飾ってありました。もちろん今回は宮入りはしないでしょうが、ひょっとして何年後かには、宮入りするくらいまで地位を確立したりとか、ふと思ってしまいました。
さだまさしの『前夜(桃花鳥)』という曲に、以下の様な歌詞があります。
今若者はみんな AMERICAそれも西海岸に
憧れていると 雑誌のグラビアが笑う
そういえば友達はみんなAMERICA人になってゆく
いつかこの国は無くなるんじゃないかと問えば 君は笑う
「馬鹿だね そんな風に 自然に
変わってく姿こそ それこそ この国なのよ
さもなきゃ初めから ニッポンなんてなかったのよ」
信仰する側も、される側も、時代に合わせて変わっていくのかもしれません。
(参拝: 2015年5月10日)
ついでに・・・
秋葉原にはかつて、こんな“神社”がありました。
その名も「秋葉乃兎神社」。2009-10年に、秋葉原で土産物を手がける(メイドクッキーや麻生太郎カステラ等を発売)(株)大藤により“建立”。
主祭神は、「卯奈(白兎)」と「瑠奈(黒兎)」。巫女として「紅葉(白巫女)」と「紫苑(黒巫女)」。イラストは、萌え絵を得意とする西又葵氏によるもの。
アキバ最古の物語である「アキバ古事記」の中に、月で暮らすかぐや姫の双子の妹、しずか姫が飼っていた白兎と黒兎が登場します。白兎は純真な心をもち可愛らしく、黒兎は神秘的で冒険心に富んだといいます。
ある日、身分の貴い皇子に一目惚れしたしずか姫。そして、しずか姫の願いを叶えるため、白兎と黒兎が奮闘します。
しずか姫は見事、皇子のハートを射止めることができたのか?!
その白兎と黒兎の功績により作られた アキバのうさぎ神社は、「恋が叶う神社」「無理な願いも叶う神社」として、今でもたくさんの人に愛されています。~「秋葉乃兎神社の由来」より~境内には祭殿や「胎内洞穴(うさぎの穴)」と呼ばれる迷路がありました。饅頭や絵馬、おみくじを販売。うさぎ耳をつけた巫女さんがいて、饅頭を買うと“萌え萌えなおまじない”をしてくれるとのことで、秋葉原を訪れるオタクたちの心を癒やしたといいます。
・・・
民間伝承というか「流行神」というか。
・・・
秋葉原からは目が離せません(笑)